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シトラス!!!酸っぱっさあっての人生!?


フィリピンからバークレーに戻ってきたのは2月の半ば、随分温かくなっていて家からのシェパニーズまでの道も歩いていると木々が芽吹き、もう花を咲かせているものも沢山、日本よりも早い春がカリフォルニアにはやってきているみたいで、桜も2月に咲いていました。日本人の私にしたら、桜はやっぱり特別な存在だから見れると特別嬉しい。

シェパニーズのデザートメニューのトップに書いてある、フルーツボウル(果物の盛り合わせ)は、すっかり柑橘に変わっていました。ページマンダリンにキシュウタンジェリン。アルファベットで書いてあると何だか外国のフルーツっぽいけど、紀州みかんです。こたつの上に鎮座なイメージのこのみかんが、今のフルーツのトップかと思うと日本代表が選ばれているみたいで、嬉しいもんです。

写真にある、夜のコースのデザートもごらんの様にもう、柑橘祭り!赤い色したのは、イチゴじゃないですよ!ブラッドオレンジのシャーベット、橙色のは、タンジェリンシャーベット、二つのシャーベットの奥にひっそり見えない位にあるのが、メイヤーレモングラニタ、オレンジのソースに、キャンディードきんかんが散らしてあって、フレッシュページマンダリンとブラッドオレンジが添えられ、キャンディードピスタチオもパラリとかかっています。そしてパフ(ひねったパイ生地)が。
こんな感じで、カフェ(2階)でなくレストラン(1階)の食事する場合は、デザートがこの一皿に何種類盛り込まれているの〜?ってコース料理を締めくくるのにふさわしく、幸せな気持ちのまま帰路につけますね。

レモンって冬の果物だったのですね、なんか暑い夏に飲むレモネードとかの勝手なイメージで夏のもの!って思っていたのですが、私のお世話になっていた(?!)おうちでも庭に沢山のメイヤーレモンがたわわに実っておりました。
そして、ピールでのキャンディー作り、この仕込みがこの時期もっとも多い作業かもです。果汁でシャーベットやアイスベースとして使われ、皮はキャンディーとなり、アフォガートや、カスタード系のデザートの時に横に添えられたり、刻んだキャンディーをシャーベットや、クリームシャンティーの上に振りかけたり。
いろいろ用途があって、とても素晴らしいのですが、作業自体はほ〜んとに地味です。柑橘は苦みや渋みも多いから煮こぼすのも何回やるの?って5〜6回くらいはやるのかな?水から煮ては、湯を捨てまた煮て〜繰り返しかえし、ワタの部分を綺麗にとり、カットしていく、そしてまた砂糖と煮る〜、ラックで冷まし程よく余分な水分が取れたら、砂糖をまぶす。ふ〜〜、出来上がりました〜。
捨ててしまうような部分も、美味しいものに変化させるには、手間ひまあってのことですね〜。

私の2月のシェパニーズデザートの印象はまさにシトラス!でした。2月のインターンシップは10日間程で、次にポートランドに約一ヶ月間滞在することが控えていたので(ビザやその他諸々の関係で)、何ともバタバタ。
そ、し、て、下記続きます(また長くてすみません、、、)

私が、シェパニーズでインターンシップする為に移動する際まず心配だったのが、住まいのこと。以前のブログで書きましたが、このベイエリアと言われるサンフランシスコ周辺は、目ん玉飛び出るくらい土地代が高い!そんなこと知らずに行き先を決めたものの、宿代を支払うのは清水の舞台から飛び降りたった〜!ぜいっ!そのおかげで、シェパニーズのペイストリーで経験が出来るのだから、プライスレス!には違いないのですが、シェパニーズのインターンシップの延長を決めた時には、この家賃を払い続けることは厳しいな、、、と思い、これは家賃交渉をしてみなければ、、、と、かなりドキドキしながら、今借りている部屋は立派すぎるから、以前娘さんが使っていた(2段ベットが置いてある)部屋に移らせてもらって家賃を下げて欲しい、そしてここでの滞在を延長させて貰いたいと。そうしたら、仁美はシェパニーズで無償で働いているのも知っているし、大丈夫よとお返事頂き、飛び上がる嬉しさと安堵の気持とで、あ〜、ほんと良かった、これでとりあえず秋までこのベイエリアに居れるんだ〜と思い、いざフィリピンへ旅立ったのです。

その後、フィリピンから戻る際、この飛行機で戻ります〜と念のためメールでお知らせをしました。
その返事には、フィリピンから戻ってきた2月の間はいいのだけど、3月からは仁美の部屋は無い、と、、、。
2階の部屋を全てエアーb&bに貸すことに決めたから、子供たちが使っていた部屋も今綺麗に改装中なのよ、とのこと、、、。
がーーーーん、仁美の部屋が無い、、、そんな〜〜、、8週間前は、いいよ〜って笑顔で言ってくれたのに〜〜。
人の気持は簡単に変わるものです、、、。でも、それはしょうがない、だって彼女も双子の娘さんがいて、私立の大学に二人を行かせているし、彼女一人で育てているのも知っているし、、、でもでも、ひとみの部屋は無い、、、突き刺さるお言葉、、なんとかせにゃ〜ならんのですわ〜〜〜ん。

クレイグズリストと言って、ハウジングからありとあらゆるモノ、集いなどなど何でも探すサイトがあって、それで部屋を探すというのはポートランドでもサンフランシスコ周辺でもすごくポピュラーで、知ってはいるのですが、まだまだ英語もままならない私がそこから探すというのは、メール、電話、面接?知らないアメリカ人とこういった流れをこなすというのは、ハイレベル過ぎる〜〜、考えただけで、頭がクラクラしてきます(ほんとに)とりあえず、リスト見るだけ見てみたものの、まだまだアルファベット恐怖症、めっちゃ時間かかるし、やっぱ無理だわ〜、別の方法、それはこのエリアに住んでいる日本の方に尋ねるしかない!と思い、昨年も参加していたバークレーでの日本人の集まり会に今月も誘って頂いていたので、そこで聞いてみるしかない(主催者にも確認済み)と、祈るような気持で参加しました。
その日は参加者の一人のご自宅でのショートムービーの鑑賞会、今回は日本人だけではなくアメリカ人の方も混じっている感じで、長年こちらに住んでいる方が多くて、英語で会話をしている方がほとんど、、、わたしは、喋りかけていく勇気がなくて、部屋の片隅でどうしよう、、、どう声をかけたらいいのかな、、?と思いつつ棒立ち。でもそろそろ会も終盤かも、皆さん帰る支度をする雰囲気を感じ始めた時に、もう、言うしかない〜〜〜!と、わたし、声を張り上げました、「すみませ〜ん!部屋を探しています、空いている一部屋、空いている部屋をもっている方を知っているという方、いらっしゃったら教えて頂けますでしょうか〜〜!!??」と結構大きな声で、それはそれは恥ずかしかったけれど、もう必死でしたから、ここで聞かねば帰れないっ!って思っていたので。
そしたらば、誰ひとりこっちを見てくれる方がいなかった、、、、。
え〜〜〜〜〜っ!(私の心の声、、、)みな、それぞれに会話が続いている状態、、、
ここは、アメリカだな、、、って妙に実感してしまいました。日本人はいるけども、アメリカ人って、会話をしていると目の前の人しか見ないっていうところがある。視界に入りそうなもんだけど、敢えて入れないというか、、よく分からないけど、そう思う時が時々あって。
私の大声の後、ちょっと経って、余りに可哀想に思ってくれたのか、一人女性が、「お部屋、見つかるといいね、この辺で探すの大変だからね〜」と声をかけて下さりました。
その後、シェパニーズのペイストリーで勤めている日本人女性のお友達(その方が空き部屋事情を知っているかもと聞いていたので)を探しあて、直談判? その方の所有の家をアメリカ人に貸していて空いている部屋もありそうだから、電話で聞いてみたら?と連絡先を下さったのだけれど、自分から電話をかけられる自信がなかったので、「今ここでその方に電話をかけて下さいませんか?」と厚かましいことこの上ないの承知で、お願いしてみたら、「本当に困っているのね、、、」って「私がアメリカに来た当初のことを思い出したわ、、、」と言いながらかけて下さいました。「ごめんね、実はこの方ほとんど電話に出ないのよ、留守電も溜まりまくって、留守電吹き込めない場合も、、、」って。むむむ、やっぱ無理やん、、、。って、この会の帰り道の、情けない気持ちと言ったら、、、あ〜、こんなに沢山の家が並んでいるのに、わたしの住める部屋はひとつも無いなんて、、、ま、もし見つからなかったら、ここに居る必要がないってことなんだわ〜なんてことを考えつつ、バークレーの夜空を見上げながら、とぼとぼと。

次の日、シェパニーズのインターンシップが朝から入っていたので、夕方仕事上がりに電話を見ると一件メールが。仁美さんに部屋が見つかったよ、電話してみて!と。
昨日、私が直談判?した女性、今朝息子さんのお母さん仲間チーム(ママ友?)に一斉メールを流してくれたみたい。部屋を探している日本人女性います、シェパニーズのペイストリーでインターンしていて、日本食も作れるはず、興味のある方連絡下さいと。そしたら、すぐに連絡をくれた方がいて。
興味をもって下さった方のお母さんのおうちが一部屋空いているらしく、次の日面接?お訪ねしたら、日系の方(日本語は話せない)で「わたしは白人には部屋を貸したくなくて、お菓子作りが好きだから、お菓子教室やってくれる?そうしたら良心価格で貸せるわ」と、「もちろ〜ん!ありがとうございます、日本人で良かった〜!お菓子教室しますとも〜!!」
交渉が成立したのは、バークレーを出ることになっていた前日でした。

ギリギリセーフ。ポートランド後に帰ってこれるバークレーの部屋が、奇跡的に見つかった、、、。私、ここで住んでいいのね。それにしても、この気持ちのアップダウンは何とかならないもんなのか〜、、、生きた心地がしないというか、めっちゃ生きてる!っていうのか、、、とにかく交渉が決まった晩は、安眠できました、、、。そしてまたポートランドへ。

歩粉ちゃん奮闘記、、つづく。


 

| - | comments(5) |
コメント
こんにちは!
ご無沙汰です。
ふとHPを見てみると、
アメリカへ行かれてからも更新していたんですね!
というか、僕も3月上旬にフィリピンに居ました!
と言っても嫁と5日間のセブ島観光ですけど。
これからもちょくちょく見させてもらいますね。
頑張って下さい!
| Shingo Sakato | 2016/04/18 11:21 PM |
Shingoさま ご無沙汰しております〜!おもわず母に、shingoちゃんだよね?!って確認入れてしまいました!
3月上旬のフィリピンって、もう随分と暑かったのでは?ジョリビーとか行かれました?ココナッツジュース飲みましたか?フィリピンの方、英語上手なの、感心しますよね〜。
いや〜嬉しいです、ブログ見て下さって。また覗いて下さいね、ありがとうございます☆
| hoco | 2016/04/21 2:43 PM |
仁美さんー

本当にアメリカは、自分が自分がと前に出て行かないと!
の国ですよね。
そして自分の事は自分でやる(アテにしてたらそうでもない)
ってのを、痛感した記憶を思い出す。。。

仁美さんは「お菓子の神様」に、守られているのだなかと。
毎回ブログを拝見し、思います。

私パウンドケーキ作ると、お菓子作る人だと必ず、
「マトファー型で焼いたの?」と聞かれるのです。

ふふふ、仁美さんの本に記載されていた合羽橋のお店の名前を出します。
あの型は、きれいに焼けますよね〜♪
「歩粉さんの型」ってお店の方が言っていたもんなぁ(^^)

アメリカにいると「太る」のが定番ですが、
長期の滞在で。仁美さんは体重キープかしらん。。。
| Machiko | 2016/04/22 8:23 AM |
ひえ〜〜〜〜><
手にあせ握りつつ読み進めましたよ。。
ほんっとヨカッタ!お菓子の神様に守られてる!
というか手に職があるってやっぱり身を助けますね。
外国人の厳しさ、わかります。
困っているのも恥ずかしがらずに伝えないと伝わらないのですね。
強くなってますね、仁美さん!
そして食材の知識や技も着実に身につけていらっしゃるし。
ますます今後の仁美さんが愉しみです♪

ハラハラドキドキの奮闘記も愉しみにしています〜^^
| yumi | 2016/04/24 4:34 PM |
Machikoさん 自分アピール、ほんと大事です、アメリカでは。英語もね〜、自分からどんどん喋っていかないと、何も始まらないって感じなのに、喋っていかないから、、、ほんと自分でもよくアメリカに居られてるのが不思議〜な感じですよ、あは。
体重のこと、こちらに関しては、すっかりアメリカナイズされてるっ!お腹周りが特にえらいこっちゃ、履けなくなったズボン数知れず、、、涙。裂けたズボンさえ!どんだけ〜(IKKOさんの感じで、古っ)。。。

Yumiさん 手に汗〜、ハラハラさせてスミマセン! ほんとギリギリセーフで、部屋見つかりました!お菓子作れて良かったです、、、。
強くなったのかな? こんなんじゃ外国で暮らせないよ〜って思いながら、暮らしています、、、。
これからのお菓子、どうなっていくのでしょうね?また皆さんに食べてもらいたいな〜。
いつもありがとうございます〜☆
| hoco | 2016/04/27 11:21 AM |
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